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男たちの別れ

更新日:2021年3月17日

レーベル発足から1年が経った。いま振り返ると2004年はTRYART RECORDSとしての絶頂期だったと思う。3マンライブでも動員は90名近くあった。純粋に足を運んでくれるファンが90人はいるという事だった。これは地方のライブハウスではかなり多い方だ。因みに、当時はワンマンで150人集めればメジャーへの道が開けると言われていた。それを考えるとまだまだな数字ではあったが、上昇気流に乗る予感はあった。 しかし、実はこの頃からレーベル運営の雲行きは怪しくなっていた。TRYART RECORDSは大前提として、誰もがこの3バンドで、みんな同じメンバーでずっとやっていくものだと考えていた。ユウシ君にしても所属バンドを増やして拡大化を図ろうという意見には消極的だった。ある意味でレーベルのクルーである以上に友達すぎた。ところがその仲良しの最たるバンドであったWithin Boundsからメンバーが脱退する事になった。おれがみんなと出会うきっかけを作ってくれた幼馴染のヤマチだ。



この頃、ヤマチとおれはレーベル運営の些細な事で口論をしたり、激しい言葉の応酬をメーリングリストで繰り広げており、関係が悪化していた。互いに引く事を知らない二人の喧嘩はエスカレートする一方だった。それでも時間が経てば結局は仲直りするのが幼馴染なおれたちのいい所だが、そんな風に「思い込んだら一直線」なヤマチの考え方はおれだけでなく、バンドメンバーとの温度差を生み出していた。プロを目指すあまり一時期はライバルでもあり人気バンドでもあるghostnoteにベースとして加入するなんて話も出ていた。


確かにghostnoteはメジャーを狙える位置におり、プレイヤーとして優れた技量と向上心を持つヤマチがそれを見据えて移籍を考えるのも一定の理解は出来た。ミュージシャンとしてはそういう正しさもアリだったと思う。そしてWithin Boundsにその力があったかどうかというと、やはりそれは難しいと言わざるを得ない現状ではあった。しかしヤマチはWithin Boundsの結成メンバーであり、リーダーでもあり、ソングライターでもあった。つまり、バンドは明確に危機を迎えた。この後どういう話で決着したのか、それはバンド内の話なのでおれの与り知るところではない。


結果としてTRYART RECORDSが主催する4回目のイベントは、ヤマチを気持ちよく送り出そう、というライブになった。すったもんだの末、ヤマチは当時付き合っていた彼女の実家がある浜松で就職するという選択肢を選んだのだった。それも25歳なりのリアルだ。多くのミュージシャンは、この歳になるまで芽が出なければある程度は腹を括るものだ。最も成功していたTHREE QUARTERでさえ、バンドで食べていくには程遠い状況だった。それどころか、各メンバーから徴収する毎月1,000円の会費も滞っていた。


この頃はまだ「メジャー・レーベルと契約さえできればなんとか食べてはいける」という神話が生きていた。だからこそバンドマンはそれが狭き門だとわかってはいても、夢を見ることができていた。しかし実際の所、それは90年代の終わり頃までの話だったらしい。音楽で食べていくのは難しい時代に突入しつつあった。


2004年09月11日 TRYART RECORDS EVENT Vol.4「Come Together」 at 倉敷クッキージャー


金の工面はなんとかした。原資をどうしたか忘れたが、これまでに出た僅かな利益と働いているメンバーの持ち出しだったように思う。イベントに合わせ、2枚目のコンピレーションアルバムを作った。この期に及んで節約するなど頭にはなく、前回よりも更に金をかけ、OHPフィルムを使った透明ジャケットなどデザイン・意匠に凝りまくった。俗にいうヤケクソというやつだろうか。個人的にはイマイチな出来だったが、おれの一人ファクトリー状態はトランス継続中だった。イベントでは引き続きDJとしてプレイし、ストーンローゼズの「ベギング・ユー」をプレイして、やはりマグミちゃんに「ナイス!」と言わせた。この頃から「コウヘイ君はUKの人」として認識されるようになり、以降、それ関連のイベントでも声が掛かるようになる。 そして、ヤマチは爽やかな笑顔を振りまいて去っていった。


レーベル内の軋轢はありながらも、イベント自体は成功したと言ってよかった。3マンだけでもクッキージャーは満杯になった。そして、DJ・VJに加わりアート集団の参加など、やりたい事をやってもオーディエンスがついてくる、という形を確立しつつあった。


ただし、それは表向きの話で実情は停滞していた。バンドがなかなかブレイクしない。認知も動員も、ある程度のベースはあるものの、何か一つ突き抜けるものがなかった。うまく行っているようで、少しづつ歯車が狂いだしていた。

Chapter:13

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