TRYART RECORDSの軌跡



16年前に岡山で結成されたインディーズ・レーベルTRYART RECORDSの軌跡を自分視点で振り返る97%事実の記録。


Chapter:1

24HOUR PARTY PEOPLE

トニー・ウィルソンはこう言った。 「少人数ほど——歴史は大きくなる。最後の晩餐は12人、人類初飛行は6人、アルキメデスは風呂で1人」

Chapter:2

2003年の倉敷クッキージャーで

24歳になったヤマチはまだバンドをやっていた。そして倉敷クッキージャーでライブをやるので観に来たら、と誘ってくれた。バンドはWithin Boundsという名前だった。

Chapter:3

自主レーベルをやってみないか

ある日、ユウシ君が「自主制作レーベルのようなものをやりたい」と連絡してきた。幾つかのバンドで共同体を作ってシーンを盛り上げていけないだろうか、という趣旨だった。

Chapter:4

知らぬ間に加速する

いつの間にか3バンドでレーベルを設立する、という話は既定路線になっていた。ユウシ君が一人で奔走していた。あくまでもレーベルをやりたいのはユウシ君で、おれはそのサポート役だった。

Chapter:5

TRYART RECORDS誕生

レーベルを設立するにあたって、まずは一番初めに決めなければならないことがあった。レーベル名だ。つまり、首謀者であるユウシ君とおれは大事なソレを全く考えていなかったのだ。

Chapter:6

宇宙の果てへ

イベント名が決まった。「ACROSS THE UNIVERSE」。ネタはたぶんおれが考えたんだと思う。言うまでもなくビートルズの曲名だ。

Chapter:7

2003年9月6日

TRYART RECORDSのお披露目イベントは、絶対失敗するわけにはいかなかった。少なくとも箱は満杯にしなければならない。「1バンド20人は呼ぼう」という声掛けを行った。

Chapter:8

夜、チボリ公園の夜

各バンドは地元のオーディションに出場し、知名度を上げることに邁進した。当時、倉敷チボリ公園というテーマパークが主催する「チボリ芸能チャレンジ」というバンドコンテストがあった。

Chapter:9

Tada your lit tack eye mono

TRYART RECORDSは次のイベントに向けて動き出した。また半年後。時間はあるようでなかった。それぞれがバンドとして活動する中で、裏方としてレーベルの事を考えられるのはおれ一人だったからだ。

Chapter:10

どのバンドがトリを?

3バンドでどこがトリを務めるか?これは大きな関心事だった。ライブはやはりトリが最も盛り上がる。フェスでいう所のヘッドライナーだ。トリのバンドは必然的にアンコールで、シメの「もう1曲」やる権を獲得する事になる。

Chapter:11

男たちの別れ

この頃からレーベル運営の雲行きは怪しくなっていた。TRYART RECORDSは大前提として、誰もがこの3バンドで、みんな同じメンバーでずっとやっていくものだと考えていた。しかし。

Chapter:12

幻のビッグディール

実はこの頃、ユウシ君にはある筋からTRYART RECORDSをレーベルごと買い取りたいという話があったらしい。金額も聞いたが、それは思わず首を縦に振りたくなるビッグディールだった。

Chapter:13

それは、静かに燃え尽きた

6回目となるイベントは前回に引き続きMO:GLA。ラインナップも安定のDJ・VJ・アートチーム+写真展示のクルーで編成された。安定の、と言えば聞こえはいいが程々にマンネリであり手詰まり感はあった。

Chapter:14

長いあとがき

TRYART RECORDSはアマチュアとプロの分水嶺だったんだろう。何も成し遂げてはいないし、シーンを作れたとも思わない。やり残したこともある。けれども後悔はしていないし、至らなかった自分自身にも納得している。そして何より……



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