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番外編:鳥取事件


TRYART RECORDSは元々が仲良しバンドで結成されたクルーだったので、プライベートでもよく遊んでいた。マジメに社会人をやっていたTHREE QUARTERだけはなかなか都合がつかず参加できなかったが、無職&学生連合のWithin Boundsとthe Baamusicは暇と金が出来ると「合宿」を称して小旅行に繰り出していた。



そんな中、起きたのが「鳥取事件」だ。


発起人が誰だったのかは覚えてないが、こんな事を言い出すのは決まってユウシ君だ。


「レンタカー借りて日帰りで鳥取砂丘に行こうぜ!」


ノリと勢いとヒマに任せて、TRYART RECORDSから8人のメンバーが手を挙げた。そうと決まれば段取りからもう楽しかった。ユウシ君は手の込んだ「旅のしおり」を人数分作っていたし、おれはカメラのフィルターなどを買って思い出作りの準備に勤しんだ。当日はエスティマを借り倉敷駅に集合。ドライバーは腕に自信ありのユウシ君だ。鳥取に、砂丘に、音楽的なイマジネーションを高める何かがあったのか?あったのかもしれないが、おれ達はそんなこと微塵も考えていなかった。ただ純粋に遊びたかったのだ。


8人乗りのエスティマは倉敷から中国道に入り北上する。蒜山に差し掛かったあたりで寄り道だ。牧草が生い茂る広々とした大地が目前に拡がる。おれ達は普段目にすることのない光景に大興奮した。この頃ウイイレがブームだったおれ達はどこに行くにもサッカーボールを持っていた。だから、芝生を見たら待ったなしだ。ウワーッっと飛び出し、ボールを蹴り始めた。


もう一度言うが、ここは牧草地帯だ。芝生ではない。誰かが商売で育てているのだ。おれ達は深く考えていなかった。10分程経った頃だろうか。なだらかな丘の向こう側から、農夫みたいなヤクザ……ヤクザみたいな農夫が三又の槍のようなものを持って、もの凄い剣幕で向かってくるのが見えた。そのスピードは全盛期のオーフェルマルスを、パワーはファン・ニステルローイを、憤怒の度合いはロイ・キーンを連想させた。おれ達は大慌てで謝りながら振り返ることもなく猛ダッシュでクルマに乗り込み、一目散に逃げだした。誰かが「やっぱり牧草地でボール蹴ったらアカンかったな!」と当たり前のことをボヤいた。


しかし、懲りていないのがTRYARTクルーだ。「さっきはヤバかったな!」と言いつつ蒜山クルーズを継続。ミニゴールがある広場を見つけ出し、今度はそこの持ち主と思しき方に許可を取ったうえでサッカーに興じた。転んでもただでは起きない。こんな事でヘコたれるおれ達じゃあない。まだまだここは旅の序盤で、目的地はあくまでも鳥取砂丘なのだから。


サッカーごっこも程々に、蒜山を後にしたクルーはいよいよ本丸、鳥取砂丘に乗り込む事にした。山道を超え、トンネルを抜けて暫らくクルマを走らせていると左側に砂丘が見えた。「うおぉぉぉ!砂丘だあぁぁっ!」おれ達のテンションは最高峰に達した。観光センターの駐車場にクルマを止めていざ往かん!事件はその時起きた。

「バリバリバリ」

後部座席の方から何か不吉な音がした。マジックテープじゃない。ユウシ君はエスティマについていたバックモニターを見ながら車を停めようとしていたのだが、そこに死角があった。上方にせり出したセンター建物の外階段が見えていなかったのだ。不吉な音は、リアガラスを階段のコンクリートが突き破った音だった。おれ達のテンションはマックスから地の底まで垂直下降した。もう一度確認する。このエスティマはレンタカーだ。


観光センターからホウキを借り、まずは大破したリアガラスの片付けから始まった。次に警察への連絡、そしてレンタカー屋への連絡だ。ドライバーのユウシ君は今まで見たことのない、この世の終わりでも迎えたかのような顔をしていた。こうなっては砂丘観光どころではない。だが、振り絞るような声で「諸手続きがあるから、みんなは砂丘に行ってていいよ」と精一杯の漢気を見せた。友達なら「いやいや、おれ達も一緒にいるよ」と言うべきだったが、それを口に出すよりも早くWithin Boundsのヤマチが「じゃあ任せた!」と言い放ち、砂丘に繰り出した。おれ達もそれに続いた。ユウシ君、すまぬ。顔で笑って心で泣いて……。


だが、そんなすまない気持ちも砂丘に足を踏み入れた瞬間、吹っ飛んでしまった。ユウシ君の事はすっかり忘れて遊んだ。おれはカメラでみんなのはしゃぎ様をしっかり記録した。絶好調だ。イヤッホーーゥウ!鳥取砂丘さいこーぅう!なんか字とか書いちゃうもんね!誰かが丘の正面に大きく「H」と書いた。そこはTRYARTと書くべきじゃないのか。いずれにせよ、どこをどう切り取ってもマナー違反のおれ達だった。


だが、砂丘から意気揚々と引き上げてきたおれ達を待ち受けていたのは否応なしの悲惨な現実だった。エスティマのリアにぽっかり空いた大きな穴。うむ!こいつは風通しが良いぞ!むしろ良すぎるな!


顔色が砂丘みたいになってたユウシ君、それでも旅団のリーダーとして全ての段取りをしてくれていた。このエスティマのままじゃ倉敷に帰れない。レンタカー屋で別の車に乗り換える事になっていた。それまではやけに後ろがスースーするエスティマだ。リアガラスがないだけで、こんなに視界良好になるなんてな!後ろのクルマがよく見えるぜ!よく見ると運転手の顔がひきつっていた。そりゃそうだよな!何せおれ達のクルマ、リアガラスがないんだぜ!ワイルドだろ~?


帰りのレンタカーはハイエースにクラスチェンジした。装備はボロいがエスティマより広い。「すげー!広い!最高!」またもやクルーは大はしゃぎだった。誰かが「山手線ゲーム」や「しりとり」をしようと言って盛り上がり、しょうもない3時間のドライブが始まった。おれ達的にはユウシ君に余計な気を使わせないように明るく楽しく盛り上がったつもりだが、当の本人は終始高速道路のアスファルトみたいな顔色で押し黙って運転していた。能天気な我々に怒りすら感じていた事だろう。


何だかんだで無事倉敷についたTRYARTクルーは、清算の段になってようやく冷静になった。


8人いるメンバーのうち、まともに働いている社会人はユウシ君とおれ、それとヤマチだけだった。弁償金は8人で支払う事になったが、やはり正業に就いているおれ達が多く払わなければならないだろう。最終的にはユウシ君が大半の弁償金を支払い、おれとヤマチが多めに出すことで決着した。こういう時は誰の責任でもなく8等分するのが筋だとは思うが、働いてない者から金をとる訳にはいかなかった。ここでもユウシ君が漢気を見せる形となった。


こうして楽しくも切ない鳥取砂丘の旅は終わった。

おれは家に帰り、写真の整理をしようとカメラを取り出した。レンズから「ザリッ」という音がした。嫌な予感がした。それは鳥取砂丘の砂だった。当時10万円ぐらいしたカメラはこの日をもって成仏したのだった。以降、TRYART RECORDSオフィシャルサイトの写真がグレードダウンしたのは言うまでもない。






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