TRYART RECORDS誕生

最終更新: 2019年8月17日


レーベル立ち上げ前夜、我々は地元の名店タベルナやレオーニ……ではなく、街場のファミリーレストラン・ジョイフルの一角に陣取り、重要な会議を行っていた。何故ジョイフルか?レオーニではメロンソーダを扱っていないからだ。 レーベルを設立するにあたって、まずは一番初めに決めなければならないことがあった。レーベル名だ。緑色の毒液を啜りながら、未来のレーベルメイトたちは大いに考えた。つまり、首謀者であるユウシ君とおれは大事なソレを全く考えていなかったのだ。 土屋雄太が突然口を開いた。



「トリアートってどう?」


「TRYとARTの造語で」「トリは3って意味もあるし」若干20歳、最年少の天才が次々とそれっぽい事を言う。おれたちに年齢の上下は関係ない。ユウシ君もおれも含め、レーベルは限りなく横並びのフラットな組織だ。「もう、それでいいじゃん」「そうしよう」「お前すごいな」


――こうして最重要決定事項はあっさりと可決された。


そうと決まったらロゴ制作だ。おれは辣腕を振るい3日、いや実質3時間でボートレースのマークに似たシンプルなロゴを仕上げた。時代が時代ならパクリだ剽窃だオマージュだと騒がれ、公募制でクソだせえおもてなしロゴになるところだった。「なんだかボートレースっぽい」というリアクションの他に異論はなく、ロゴデザインもあっさりと決定した。



かくしてこの日、TRYART RECORDSが誕生した。所属バンドはWithin bounds、the Baamusic、THREE QUARTER。この記念すべき日がいつだったか、おれはすっかり忘れてしまった。

そして唯一決まっていない事があった。「何をするか」だ。


自主制作のインディー・レーベルTRYART RECORDSを立ち上げたおれたちだったが、レーベルが何をするものなのかはよく考えていなかった。おれはぼんやりと「とりあえず、まとまり感があればいいんじゃねえの?」と考えていた。つまり毛利元就「三本の矢」って事だ。岡山だけど。


実際の所、レーベルといったって活動するのはバンドだから、ライブ演奏の面で何かが変わるという事はなかった。要するにレーベルとは「ハッタリ」である。「レーベル所属のアーティストって、なんか格が上がったっぽくね?」という事だ。今でいうセルフ・プロデュース、或いはブランディングと呼ばれる手法をこの時期から取り入れていたおれたちは、間違いなく地方のバンドシーンにおいて時代の先端を行っていた。


そのレーベルのお披露目をどうするか。やはり、バンドであればライブだろう。3バンド共同のイベントを開催する。そして、もう一つレーベルであるという事を強調するために「コンピレーション・アルバム」を作ろうという事になった。3バンド3曲づつが一つのアルバムに入る。これをイベント当日にリリースする。うん、なんだかレーベルっぽいな!公式ホームページも立ち上げる事にした。これらの実務は、全ておれの担当だった。要するに好きにしていいって事だ。


だが、おれたちは根本的な事案をいつも忘れがちだ。そう、金がない。


Chapter:6

宇宙の果てへ


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