海炭市叙景

4年ほど前の話。 おれは担当ブランドのキービジュアル撮影で大阪にいた。とは言ってもカメラマンではなくメーカーの現場責任者として、だ。その場に「立っているだけでいい」役割だった。アートディレクターがしっかりしていたので、口を挟む必要はなかった。 弁天町の駅からタクシーで5分程の場所にある湾岸のスタジオは、廃ビル寸前の建物を安価でテナント貸ししている中の1軒だった。


周囲を見渡すと町工場や倉庫、食堂、旅館がある。まるで昭和で時間が止まってしまったような景色だ。何かの映画で東京「大森」の町並みを「粋のない下町」と表現していたが、その感覚に近いものがあった。おれが5歳まで過ごした新横浜の小机地区にも少し似ていた。

ビルに足を踏み入れるとカビ臭く、薄暗い。窓硝子は所々割れ、廃棄物がそこかしこに打ち捨てられていた。2階に上って窓から外をのぞくと、港湾を挟んだ向こう側に無機質な岸壁と倉庫群が見える。この景色のすぐ向こうには、ユニバーサル・スタジオ・ジャパンがある。

撮影スタジオからバルコニーに出て外を眺めていると、アートディレクターが「こういう景色、好きなんですか」と訊いてきた。こういう所にいると気持ちが落ち着くから、と答えた。別に何もかもが新しくなくていい、という安心感がある、とも。

彼は映画「悪人」の話を始めた。あまりこの景色と関係ないような映画だけれど、おれがその映画を既に観ている前提で、しかも好きな映画だと断定して話を始めた。目論見通り、おれは「悪人」という作品を観ていたし、好きだった。彼はその暗さが好きだと言うが、おれもその暗さが好きだった。

広告の仕事をしていると、どうしても「明るくてポジティブ」なものを作る事が求められる。そういうものの中で生まれてくる気持ちのギャップを暗い映画や音楽、或いは重苦しいノンフィクションで埋める事がある。この人もたぶん、同じような気持ちで日々暮らしているんだろう。

「北野映画はだいたい好きだけど……」

「久石譲の劇伴は嫌いなんですよね。何か大げさな感じで」

「ああ、わかりますね、それ」

「じゃあ“海炭市叙景”はもう見ましたか?」

知らない映画だった。2010年公開。熊切和嘉という若い監督の作品だ。


「絶対に好きですよ、観てください」



じょけい

【叙景】

自然の風景を詩文に書き表すこと。


彼が薦めるなら、たぶん間違いない。家に帰って映画の事を調べてみた。音楽担当はジム・オルークだ。やっぱりこの人はおれの好みがわかっているんだな、と思った。そういえば、梅田まで送ってもらう車中ではシガー・ロスがかかっていた。


帰宅後、さっそく津島モールのTSUTAYAに行って“海炭市叙景”を捜した。あった。1本だけ、確かにあった。ありがたい。さっそくDVDプレイヤーで再生した。5つのショートストーリー。全て観ると2時間半を超える長編だ。



“その冬、海炭市では、造船所が縮小し、解雇されたふたりの兄妹が、なけなしの小銭を握りしめ、初日の出を見るために山に昇ったのです…。


プラネタリウムで働く男は妻の裏切りに傷つき、燃料店の若社長は苛立ちを抑えきれず、父と折り合いの悪い息子は帰郷しても父と会おうとせず、立退きを迫られた老婆の猫はある日姿を消したのです…。


どれも小さな、そして、どこにでもあるような出来事です。


そんな人々の間を路面電車は走り、その上に雪が降り積もります。


誰もが、失ってしまったものの大きさを感じながら、後悔したり、涙したり、それでも生きていかなければならないのです。


海炭市でおきたその冬の出来事は、わたしたちの物語なのかもしれません”

公式サイト「ストーリー」から



興行収入はわずか5,000万円程度、それでも単館系では異例のヒットらしい。制作されるまでの過程を辿ると、殆ど自主製作といってもいいぐらいだ。キャストは加瀬亮・谷村美月・小林薫・竹原ピストルなど僅か数名を除いて、殆どがロケ地である函館で暮らす街の人々だ。その人たちが実にいい。 確かに、とても「好き」になれる作品だった。見透かされたようで悔しいけれど、間違いなかった。 あれから、年の瀬が近づくといつもこの映画を再生する。つまり手元にある。「海炭市叙景」は自分の中ではそういう映画になった。


カタヌマさん、良かったよこれ。





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