どのバンドがトリを?

最終更新: 2019年8月17日

2004年2月7日。TRYART RECORDS EVENT Vol.2 「Come Together」 at 倉敷クッキージャー 年が明けて2004年、自主レーベルTRYART RECORDSは2回目のイベントを開催した。キャストは前回に引き続き岸本ヒロキ、そして新たにドーピング・チャイルドがラインナップされた。ひでえ名前のバンドだが、彼らはthe Baamusicの大学の後輩であり、要するに都合がつきやすかった。ヴォーカルのシゲルは20歳を過ぎても童貞ということで、中々の愛されキャラだった。後にこのバンドはパブロノベルと名前を変え、島村楽器HOTLINEのジャパンファイナルまで駒を進める実力派バンドに成長する。シゲルはギターヴォーカルからベースに「左遷」されたが、今では2児の父だ。



2回目のイベント名は「Come Together」に変更された。そうだ、またビートルズだ。レーベル主催だろうがイベンター主催だろうが、イベント名については一度決めたら変えないのが通例だ。そうしないと誰が主催なのかわからなくなってしまうからだ。ただ、おれたちはTRYART RECORDSという冠があったので、イベント名は変えても差し支えないと考えた。色々と意見が出たが「Come Together」はみさっちゃんの案だった。確かに2度目の勢いはある。だが、やっぱりだせえなと思った。なんでビートルズやねん。まあ、最初に言いだしたのおれだけど。各メンバーも意見は出すものの、イベント名にはさほど拘りがなかったようだ。それぞれのバンドが最も神経を使い牽制しあっていたのは、ライブの順番だった。


3バンドでどこがトリを務めるか?これは大きな関心事だった。ライブはやはりトリが最も盛り上がる。フェスでいう所のヘッドライナーだ。また、トリのバンドは必然的にアンコールで、シメの「もう1曲」やる権を獲得する事になる。これは大きかった。


最初のイベントは実績面でTHREE QUARTER。これは文句なしだった。この半年でそのポジションは変わっていない。けれども次もトリか?この辺は駆け引きだった。同じレーベルとはいえライバルである。おれは静観したが、最終的にはTHREE QUARTERで行くという事でまとまった。後にTHREE QUARTERのドラム大隅亮はこう述懐している。


「鳥インフルエンザが流行しているこの季節、“トリ”アートのイベントで“トリ”をつとめてサイコーでした」


亮君はドラムのスティックで「箸!」というボケもかましており、このネタは定番化する。


そんなこんなで2回目のイベントも無事成功し、ライブ盤も全て配布できた。「タダより高いものはなし」という裏メッセージに気付いた人は誰もいなかったようだが ※1 、このレア盤を手にした50名のオーディエンスがその後レーベルにたくさんのお金を落としてくれたかどうかはわからない。ただ一つわかっている事は、おれたちは殆ど儲けちゃいなかったという事だ。もちろん、それは運営の責任であるところが大きかった。

※1 どうやらカジさんは気付いていたらしい。本人談。さすが編集者!

イベントの動員はほぼ横ばいであったが、キャパの狭いクッキージャーでこれ以上の伸びしろは望めなかった。この時期レーベルとしては「箱が満杯になった時の雰囲気・一体感」を重視していた。いま風にいうと、その方が写真映えするからだ。公式サイトで掲載するレポート写真は客席がギュウギュウで、さも人気バンドであるかのように見せたかった。そういった演出もブランディングとして重要だった。レーベル運営者として、おれとユウシ君はこのような小賢しい戦略を常に考えていた。

Chapter:11

男たちの別れ


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