西平島の復興へ

再び西平島地区へ(実は先々週、西日本豪雨の被災地、岡山市東区の“西平島地区”に炊き出しで行って来たんだけど、経緯を話すと長くなるし、面倒くさいのでここでは省略する)。 先日の炊き出しのコーディネートと支援をしてくれた「チームはるはる」さん主催のクリスマス・パーティーだ。当然のことながら、おれはニッキ様の散歩に同行させて頂く任務を仰せつかっている。身に余る名誉、誠に光栄でございます。


「チームはるはる」は7月の豪雨からずっと現地で浸水した家具類の撤去や屋内の片付けなど地域のサポートに従事してきたチーム。NGOを立ち上げ、真備はもちろんだが、復興の進みが遅い西平島地区の支援を行ってきたとの事。驚くべきことに岡山県の人は少ないんだそうだ。


他の被災地がどうかは知らないが、この西平島ではボランティアの皆さんと地域の方の交流が盛んで、その雰囲気はアットホームそのものと言っていい。ここに来るのが2度目のおれでさえ、なんだか昔から一緒にいるような錯覚をしてしまう。西日本豪雨がくるまでは、この地区もそれほど近所付き合いがある感じではなかったらしい。皮肉にも、あの災害と外から来たボランティアの人達がこの一体感を作り上げたのだという。もちろん、だから良かったね、という話ではないけれども。


そんなここでの活動も12月で一区切りという事で、地域の皆さんと公民館がある広場でパーティーをしようって話でお呼ばれしてきた。ニッキ様の散歩の他に、撮影班という名目もあった。ミュージシャンが来たりフードが出たりビンゴ大会をやったり……言ってみれば、これも小さな「フェス」だな、と思う。おれはその「フェス」を目一杯楽しんだ。その記録をいま整理している所だ。400枚は撮ったかな、という写真は開けてみたら700枚あった。幾ら何でもそれはシャッターを切りすぎだろう。泣きそうになりながら選定をした。


7月に真備に行った時、カメラは持っていかなかった。上手く説明できないけれど「それは違う」と思ったからだ。目的は物資を届け、浸水した家屋の片付けをする事。それを写真として記録するという考え方もあるとは思うが、その時は自分の違和感に従った。


けれども今回は「撮影班」として声がかかっていた。求められれば、それが一番の事だ。別に違和感はない。なあ聞いてくれ、見てくれ、西平島はここだよ、ここだ。と存在を知ってもらうのも、今ならば意味のある事なんだと思える。そして、それが自分の役目なのかもしれない。もちろん、ここでのあらゆる活動がそうだ。


この先も、ずっと先も復興は続いていく。何年かかるかわからない。世間の関心はいつまでも続かない。優しい誰かがいつまでもいる訳じゃない。それならば今度は同じ市民である自分が、自分たちが出来る事は何だろうと考えて、考えながら動いて、違っていたらまた考えて、得心する所までやりたい。子供達に「あの災害の時、パパは何もしなかったじゃないか」と言われたくないしな。


でも結局、おれは自分自身に納得したいだけなんだ。


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